• サービス内容

    はじめに

    人生にはいろいろなことが起こりえます。いろいろな出会いもあります。命の数だけ様々な個性があります。人生は決して独り善がりでもなく、心の底から本当によかった。とおもえる一生にしたいものです。様々な分野・レベル(次元)において、そのお手伝いをさせて頂きたい。おこがましくもそうおもっております。
    出来ればご来店頂き、お気軽に当店のチャイムを鳴らしてください。掛け替えの無い魂との出会いに、心から感謝と共に歓迎いたします。
    現在、以下のサービスをご提供いたしております。


    0. 易占 テーマ1件

    テーマをひとつに絞り、易占(周易)にて占います。低予算・短時間でお悩みを解消したい方向けです。
    どうしても説明が不十分になりがちのため、誤解・語弊も生じやすいためにあまりおすすめはしておりませんが、常連の方で店主とよく分かち合えている方でしたら、お急ぎの場合にはご遠慮なく当コースをどうぞご用命ください。

    1.人生お悩み相談・占い

    ・お悩みのお話のお相手 (秘密は厳守)

    a) お仕事・適職・学業・人間関係・職場関係・恋愛・結婚・夫婦問題・家庭問題・経済問題・借金苦・健康問題・難病・ペット・探し物・行方不明・ご自身の性格・才能など。なんでもご相談ください。

    b) 精神・心のお悩み うつ病・パニック障害・あがり症・PTSD・コンプレックス・夢遊病など、他で相談や通院しても改善されずに悩まれておられる方。メンタルのお悩みは程度の差こそあれど、社会で生きていく中で誰でもあるものだとおもいます。これらについては店主自身よく悩んだものです。精神的諸症状は、年齢も問わず、生身の人間存在としてごく当たり前の反応でもあります。精神の働き・動きには目にみえないながらもメカニズムがあります。心・精神は身体的な健康状態とも深い繋がりもあるものですので悩むばかりでなく改善すべき点も疎かにしないことが大切です。精神のゆれ動きには個人差がありながらも、諸々体験できている方は実に感受性豊かであり、様々に自他を救う可能性も秘めている証ともいえます。(苦悩は無駄になりません)。生活習慣、幾らか物事の捉え方、自身を取り巻くエネルギーとの向き合い方を改善していくことで大分良くなります。どんなに能力・才能があれども、もしくはどんなに困難な状況にありながらも、一人で頑張りすぎていると、いつの間にか自分を見失っているということもあります。自覚の有無あれども、周囲や様々な支えがあって今生かされている。という意識・感謝の気持ちあれば、力みもとれて気持ちが楽になることとおもいます。例えどんなに孤独を感じていても、一人で生きていると思い込むことはあっても、実際には必ず支えがあって今があるものです。その繋がりはなくなることはないゆえに、常に快方に向かう糸口は残されています。店主自身の体験談とともに日々の改善方法を親身にアドバイスさせて頂きます。

    c) 体調面のお悩み 不定愁訴・慢性疾患・睡眠障害・消化不良・呼吸困難・慢性頭痛・不整脈(頻脈や動悸)・肺気胸・喘息・食道炎・膀胱炎・虫歯・歯槽膿漏・外傷の後遺症・先天性の身体的障害・老化現象など。医学的なアプローチで改善されず悩んでおられる方。店主自身、健康維持の研究はライフワークのひとつでもあります。(あえて困難な状況に身をおき、実体験として研究していることもあるくらいです)。日頃からあらゆる手段を用いて研究を重ねてきております。諦めずにご相談ください。人体の潜在的能力・回復力は一般的にいわれている水準よりも本来は遥かに優れたものなのです。※当店はお分かりのとおり、一般の現代医学的な専門機関ではありません。副作用や後遺症を極力残さずに回復に至る何度も検証を重ねている至ってシンプルな対処法や独自の観点・研究によるアプローチとなります。

    d) 日常生活において、様々なご事情により、非常に危険を伴う環境で過ごしている、危機的状況の渦中にいる、絶対絶命ともいえる状況である。精神的に非常に追い詰められている。そのように感じておられる方や、医学的にみて早期・末期を問わず、癌など一般的にまだまだ根治が難しいとされている病状や難病と診断されていらっしゃる方、後述の「陰陽五行波」「瞑想レッスン」の項をお読み頂きたくおもいます。もうダメなのではないかという一部分に執着した自身の意識を本来の全身全霊を意識した状態へ移行・逆転させることで身体が元々備える回復力は多少の時差がありながらも徐々に調子を取り戻してくるものなのです。この世の全ての事象・現象は常に休みなく変化を遂げていくものであり、その変化の質は自身の意識が影響を与えられる余地が必ず残されているのです。信頼のおけるお医者様にかかるのもよいといえますが、ご本人の意識・私生活習慣も改革改善することが何よりも増して重要といえます。それでももう手遅れだと塞ぎこんで意気消沈しておられる方、自身で自覚が無いかもしれませんが、どこか急いで物事を変えようとしている場合もあります。一度完全に立ち止まり、何事も可能な限り、ゆっくりと行動してみることです。呼吸・食事・排泄・会話・他あらゆる日常の行いにおいて、全てを大事に大事に、意識を籠めて、体は全体的に緩めて決して力まずに、呼吸も含めて、全てゆっくりと行う。ただ、それだけで、そのときどきで必要な生命エネルギーは自身へ注入されていきます。歯車が合ってきます。回復・好転していかないのは、真の現実・営みと向き合おうとせずに一人単独で前へ進もうとしているためもある。(自己と周囲が分離している意識で頑張ろう、挑戦しようとしている)ということをしばらくじっくりと、ゆっくりと見つめなおしてみると良いともいえます。すると案外と息の長い人生に戻るのは自分の意識・意志・行動で可能である。ということを実感することでしょう。現実と自身が分離すればする程、常に無限に自身の身近に存在する生命エネルギーを受け取る機会を逃すことになるのです。とはいうものの、ときには現実世界から乖離した自身の勝手な単なる空想にしかおもえないことにも意味が生まれてくることもあります。空想も意識から生まれるものですから、ひとつの独自な宇宙でもあり、大袈裟な表現ですが、いくらでも宇宙を生み出すことは出来てしまいます。その世界観を時々周囲と共有したり、作品を生み出し、共感、感動を生み出したりすることもありえます。私達はこの現実世界と自身の空想世界を同時に生きていたりするものです。私達の現実世界と分離した意識状態があるならば、自分なりに意味をもって、意識しての行いであると自覚出来ているかで、その活かし方に違いが出てきますし、その並行宇宙をトータルでとらえれば分離感というのはありえない。と言い切ることもできます。その境地であれば様々に独自にクリエイトしていけることでしょう。大切なことは、一時的にどういう想念的宇宙がポコポコと泡のように生まれてきたとしても、ひとまず自分なりに、現実宇宙と全ての空想宇宙との調和を意識し、まとめあげる意識です。それさえも不可能ではない。というのが私達の存在の本質・本能なのです。必要のない意識は自然に消滅していくものです。様々な悩ましく苦しい耐え難い現実があるならば、元を辿れば自ら生み出した産物に過ぎません。結局のところ、今なにが大切であるか、最初は漠然とでも意識し、だんだんと精神統一に向かう中で、覚悟を決め、集中して行動してみる。いつの間にか混沌としていた意識から秩序が生まれ、最良のエネルギー状態・その現実がクローズアップされてきます。直接不要なものごとはフェードアウトしていくことでしょう。その実体験の繰り返しの中で、如何なる物事の状況にも左右されない絶妙な意識が開発されていくものなのです。魂の体験の度合いに応じて、自分で生み出した現実は自分の意識・意志でコントロールも可能ということになっていきます。魂の成長・進化の段階があるとして、そのどの段階にあるとしても、そもそも自分で解決出来ない現実は現れてこないものです。その本質を自ら忘れた意識状態というのはあるものです。そこにこの世の中の様々なドラマが生じてきています。ですから諦める前にひと呼吸置いてからでも、あらゆる可能性を無視せず精一杯やってみることです。何かをするという状況でないならば、今、現時点、なんらかの可能性があるということを自覚することです。誰かにいわれて信じるという以上に自覚することです。信念とは自分に馴染んでなければ活用や応用が出来ません。もし何かを信じきれないならば、それ以前にすべきことが控えているのかもしれません。ベストが今身近に感じれなくとも、ときにはなりふり構わずもがくことも助けになります。泳げなくとも根拠のない自信の元、泳ぐ真似をしてみる。正解はひとつではないという精神で自分独自の泳ぎ方ができればひとまずはセーフです。そして素直に改善改良を加えていくことです。そもそも何をすればよいかわからないならば、一旦何もせずに完全に静止する意識、全てをまずは受け入れてみる意識もあれば意識にゆとりが生まれることでしょう。そしてダイナミックに行動する意識と静観する意識は共存が可能です。意識が柔軟であればあるほど不可能とおもえていた領域が無くなっていきます。ということで、一言にベストを尽くす。とはいうものの、その言葉には様々な意味が含まれているのです。そして瞬間で解決させる技術としては、絶対に大丈夫。既に解決した。そもそも何も問題ない。などと自分で結論から始めること。秩序ある現実は後からついてくるはずです。(絶対とは、自分でそう思えるということであり、周囲には絶対を求めない、要求する必要もないくらい大丈夫という意識です。) そしてチャンスを逃さない機敏さが自身に備わっていることも忘れないことです。もう諦めざるを得ないような状況においても、始めは無理なく簡単に出来る小さいことから始めてみる。それだけでも実は絶大な可能性を掘り起こすことに繋がっていくことになるのです。


    ・明るい話題のお相手 (秘密は厳守)
    お悩みということでもなく、純粋にご自身が思い描く希望や目標、将来の計画など、その実現に向けて蔭ながらサポートもさせて頂きます。

    ・必要により占いによるお悩みについてのヒントをお伝えします。(生年月日・生まれた時間をお尋ねします)

    ・生年月日を元に自社開発の性格・運勢・エネルギー解析ツールにより分析します。店内写真のモニターに映っているツールです。(十数年使用していますのでご存知の方もいらっしゃるとおもいます。地道に機能改善してきております)。個性を良し悪しとみるのではなく、どう活かすかが重要であり、その観点でヒントをお伝えします。

    ・極めて具体的なそのときどきのお悩みには、易占(周易)にてエネルギーの渦と同調しつつ、ベストな一歩はどうあるべきなのか、お伝えします。
    自分と向き合うのが苦手な方には酷なこともあるかもしれません。その瞬間の場の状態を感じとりながらではありますが、神妙にお伝えしております。
    但しすぐに忘れてしまっても構いません。後からそういわれてみれば。というくらいのことです。
    (占い・易などにお伺いを立てても、常に自分独自の感性を磨き・アドバイスは片隅に置くくらいが丁度良いともいえます)

    2. 開運アドバイス (陰陽五行波による開運、自己実現アドバイス)

    生年月日をお聞きした上で 長所の開花と先天的な弱点を補うエネルギーをお伝えします。

    「陰陽五行波」とは店主独自に命名し研究を重ねている技術です。東洋思想・哲学的伝統であります陰陽五行思想による運勢エネルギーの原理を発展させた開運の手法です。
    四柱推命・算命学などの五行の循環を基礎のひとつにおいた命術においては、宿命論的な鑑定により当人を大いに勇気づけることもあれば、しばしば、当人の望んでいた分野など、ある面においては失望させてしまうことも起こりえるといえます。(伝え方、受け止め方の問題もありながらも)。本当に向いていない分野には進もうとせず諦めることが無理がないともいえますが、それにしても、人間の性情・才能など、ある程度のカテゴリ分けは可能だとしましても、誰しもこの世で唯一無二の存在であり、その貴重な潜在能力は占術で短時間に全てを語りつくせるものではないはずです。その後の未来の可能性の芽を摘み取ってしまわないようにしたいものです。それでも占術は深く知れば知るほど人生を歩む上で大いにヒントを与えてくれるものなのは経験上確かなものです。(人生の諸問題の全てを占術で解決できるということでもなく、盲目的に占いに頼りすぎればかえって不幸にするでしょう。これは何事にもいえることです)。そのために、生年月日時ではないダイナミックな占法(易やタロットなどの卜術)もあるわけですが、卜術でさえも現状の当人と当人を取り巻くエネルギーの渦を映し出しているに過ぎず、当人の根本的なエネルギー状態(運勢)や精神性を変容改善させながら卜術でその状態を映し出すならばよりよい未来が生じてくるのではないかとおもえます。店主は元来、宿命論者ではありません。人生や世の中はなるようになる。というような事なかれ主義に終始することも出来ません。常に無理はなくではありますが、まだそこに余地があるならば、やれることはやりましょう、改善しましょう。とおもいます。(ときには、死に行くとわかっていながらも、大方の予想として結果は出ないといわれていながらも、ベストを尽くす。という持続的な気迫・情熱と行動が伴えば、不可能といわれることも可能となってくる。それがこの宇宙の本質であると信じております。そして各々の魂とその総和である宇宙は進化を遂げていくはずです)。余地があるかないか、それは人それぞれの心意気次第だといえます。人や生命・宇宙の可能性は現代社会通念を常に越えたものである。と信じております。ならば、生年月日時を軸とした占法においても、運勢を変容改善させておきたい。と思うのは当然の成り行きです。それは果たして空想を域を出ないものなのか、少なくとも、研究途上の現時点においては良い働きを実感しております。そしてこのような理念にご賛同頂ける方は、是非ご来店頂けましたら幸いでございます。人生は、縁起でもないですが、必ずといってよい程、好調・不調を繰り返していくものです。例え今はご賛同出来なくとも、将来なにかの機会で思い出して頂けることがあれば、微力ながらも喜んでサポートさせて頂きたいとおもいます。

    以下、余談や店主の独自見解等も含まれますのでお時間に余裕があるときにお読み頂けましたらとおもいます。
    開運法を生み出す背景からお話します。そもそも陰陽五行の陰陽は、類似の体系である易の八卦にも内包されたものですが、易そのものには不易(大極・不変)と変易(常に変化・仏教での諸行無常)という意味が含まれており、四柱推命(八字・子平)、紫微斗数・紫薇斗数など、それぞれの得意分野が微妙に異なるながらも、貴命・賎命などと(仮定として)宿命的に論じる機会が多い占術の根本原理である陰陽五行を発展させる必要性を感じたために当研究を開始しています。因みに同じ五行自体に陰陽を論じない流儀・流派も存在するようですが、陰陽、プラス・マイナスが理論に存在することで「波」が理論の根底に根付くのであり、宇宙の仕組みの相似形と成りえると考えています。もっとも五行自体に陰陽がなくとも、その理論体系全体としてある種の波が成立できているのならば、相似形を現せる可能性を秘めているといえます。五行(四柱推命・算命学・紫微斗数・気学)、五大(仏教・インド占星術)、八卦(易経・気学)、西洋四大(西洋占星術・西洋式タロット)、太陽暦(四柱推命・算命学)、太陰太陽暦(紫微斗数)、これら別々の進化と共にときには他方の影響も受けながら発展した歴史があるとしましても、その全ての時空体系において、必ず不確定要素が含まれる余地が残されているはず。という信念が常にあるのです。その中でも中国思想の五行とインド哲学や仏教での五大は別々に成立・発展してきているものの、五大に意識(識大)を含めた六大思想がその象徴ともいえます。(意識が五大を創造・支配しうる)。六大思想が五大思想の伝承のある時点において生じるというのは哲学進展上の必然と考えられます。ところで、この世の全ては量子力学でいうところの量子として突き詰めていくと、量子とは粒子的な性質(物)と波動的な性質(波)、そのどちらでもある。ということになっていくのですが、この世(時空)のあらゆる複雑な波形(波)を理論体系化するにあたり、偶数の4、奇数の5、そのどちらを用いるかは現実的には研究を重ねる個人(個性)の世界観に委ねられることになります。店主の実占経験上においては、例えば四大、五行どちらも人生・世相の時々においての事象を表していると言わざるをえません。視点・観点・循環リズムの違いなのであり、優劣で考えることは出来ず、個人により好みが分かれることがあるのも必然といえます。運勢が一巡したときに、一回転前と陰陽が一致する4のリズム、一回転前と陰陽が入れ替わる5のリズム(故高尾義政氏潮流での算命学理論。2回転で十干が一巡する。)、そのどちらも現世の事象をよく映し出しているものです。世間一般的な日常感覚においての個人間の相性(好き・嫌い、合う・合わない)を見る場合には東洋系命術よりも4のリズムの西洋占星術(3のリズムも含まれています)がズバリ言い当てているようにみえます。現実の難しい諸問題を悲観し諦めるばかりでなく人智を超えたところの力で根気強く乗り越えようとするには、5のリズムの一体系である算命学の次元の考え方にその余地を感じとれます。それぞれ世の中をみる観点、世界観がそもそも異なるために得意分野は異なり、問題の質の違い(現実的か、精神的か)により使い分け、ときには相互に補完もしあうことで柔軟な対処が可能となっています。どれかひとつの思想がもっとも優れているということでもなく、東西思想の共存・連携はこの世の中に調和をもたらすはず。という信念が研究の初期段階からあり、この実占での見解はその裏づけともいえます。私達は先祖代々、これら様々な哲学・思想に直接的・間接的に触れながら各々で物事を創造してきている事実もあるのですから、どれか一つの原理体系のみで語りきれる・表現しきれるものではなくなってきているのだといえます。それぞれに掛け替えの無い歴史・文化・ドラマがあります。それでも、生年月日時でこの世の全ての事象を可逆的に表すことがある程度は演繹が可能だとしても(そして年より大きく、時よりも細かい時間の単位=世・運・会・元・分・秒も中国思想には理論上存在しているものの)、完全にはそれが不可能であることは素直にとらえれば分かることとおもえます。生まれた場所・先祖系統を考慮してもです。コンピューターにより宇宙の動きをシミュレーションは可能ながらも、そのものではないということ同じです。いわゆるアカシックな領域にも階層(次元)があり、その究極は究極を知りえるもの(究極そのもの)にしか分からないともいえます。但し、常に究極(大極)と私達は一体でもあるというのが救いでもあるのです。(瞑想により生きながらにして究極を知る、それに帰ることができます)。易の変易を浮世の常とするならば、東洋・西洋・インド・南米・秘境を問わず、宿命論的占術の知命(己を知る)、そして立命(己を世に活かす)には伝承されている以上に柔軟な本質があるはず。という信念があることと、卜占と命占それぞれに特有な意義も常々感じているために、どちらも共存・協調させながら、研究を継続しているのであります。意識とは人生の達人といえども兎に角揺れ動くもの、それをなんらかの技術によりホールドする、という行為は一見不要な制限を与えるようにみえて、かえって安定感とリズムをも生み出す、落ち着きをも生み出す。無限から制限することにより、失うこともあれど、運を自ら生み出す、創造する、現実を生み出していく原動力が生まれることもあるのです。元々私達は(信じる信じないはひとまず置いて)無限ともいえる宇宙とその根底にある本質からこの世に生まれ出るときに、固有の形をもつことで皆奇跡的な誕生を達成しており、心臓の鼓動・体内循環が始まっています。そして唯一無二の才能を授かっており、命それぞれなりに自由意思の元、活動を始めることになるのです。自己と他の命はどれ一つとも同じものが無いゆえに未熟なうちは様々な悩ましい問題に遭遇していきます。同様に中には貴重ともいえる協調関係も生まれてもきます。それは本人の気づきの度合い次第でいくらでも広がりをみせていきます。占術を用いるか、他の技術・ノウハウ・哲学を参考にするか、何かにすがるか、独自の信念で生きるか、独自の尺度で目標を持ちそれに向かって地道に生きるか、社会システムの枠組み・組織の枠組みの恩恵を受けて生きるか、ときには想定外の出来事に遭遇するがゆえに一時ひたすら耐え忍ぶか、心を開ける友と支えあうか、兎に角何があっても楽観的に明るく生きるか、天賦・天与の才・資質で生きぬくか、他にもいろいろな生き方があるものですが、そしてそれら全てを善しとし総動員するか(店主自身はこれなのだとおもいます。人生は正に命懸けです)、そして、誰しもが、自分の意志でどう生きてもよいとおもえます。ただし本当にどこまでも素直であればです。無理して素直になろうともおもわず、落ち着いてじっくりと(どこまでもという意味でもなく)必要なだけ時間をかけてよいとおもいます。もしもどこかで自分らしくなかったと気づけば改心すればよいとおもいます。はじめから完全にスマートには行きません。そういうようにみせている人はいるものですが、人知れず苦悩していたりもするものです。(そして、いわゆる相(人相・手相・指紋相・あらゆる相)についてもとても微妙な変化ではありますが他の体系と同様に意義はあります。全く余談ながら、命占では経験上、算命学が俗に三柱の理論体系として浸透していながらも、その理論がどこまでも自然で芸術の域であり、形而上領域にも踏み込んでいるがゆえに深みもあり、的確に参考に成りえています。もっとも算命学理論には四柱目である時柱も理論としては元々存在していることが著作からは読み取れます。そして、いわゆる格・破格の理論は、算命学・四柱推命ともに知命として参考になりえています。但し知命にも限界はやはりあります。そこに意識が入り込む余地があり、かえって鑑定という堅苦しい領域から開放され、且つ完全に宿命論から脱却するわけでもない、柔軟な世界観に身をおいてみる中で、物事がうまく回りだし、洗練されてくることもあるのです)。
    開運法確立の基礎理論を説明していきます。陰陽についてですが、特に陰については、相対的な性質としては受身であるがために他の存在の影響を受けやすく単体では実態として確定しずらい性質があると店主独自に捉えています。個人ごとに必要とされる陰の五行(乙丁己辛癸)には違いがあるものの、いざご本人にとって必要な陰を現すであろう物理的なモノを探そうとしても、陽は古くから伝承もあり分かり易いものですが(陽は明らかという性質があります。)陰はその柔軟な本質により、同一なモノでもそれを身につける個人によって、相対的に質が変わってしまうために、万人に共通な陰干を現すものを確定することは矛盾を生み出してしまうことになります。そこでご本人の生年月日より割り出される命式・星の配置の相互関係からご本人にとっての陰はこういうモノになる。と確定させる仮説を立て、検証を重ねるごとにその成果を自身、被験者ともに実感出来ることが増してきましたので、今後ともおすすめしていく次第であります。
    具体的な開運法としましては、陰陽を表す「色」を常日頃身に着け、エネルギーを常時補っている状態を保つことにより自身の形而上領域(魂の領域・個性的本質)において欠けていた星(性質・才能=周波数)を後天的に補った状態を作り上げ、結果、自身の運の巡りを好転させることが可能となる技術であります。易の陰陽、五行、気学、万象学、東洋占星術(故高尾義政氏の流れにおいての算命学)の理論を元に独自に発展させ、運は具体的な方法により積極的に変えていくことが可能である。(積極的に開運が可能であるという考え方は、気学の理念でもあり、それは他の占術にも応用可能である)ということを知り実際に体験頂き、万人が希望をもって人生を歩んで頂きたいという信念に基づく研究でもあります。これは店主自身が幼少期に宿命論的な伝統的占術にたいして素朴な疑問を感じてからの終始一貫した研究でもあります。(もっとも自身の不勉強そのものでもありました。そして今後も研究は続きます)。極論的には何事も固定・決定したものは無いということです。実際のところは何事も、あるともないともどちらともいえる。ということです。そこには意識・意志・行いが大いに関与しています。(もっとも本質的に、赦し・感謝・救済・歓喜・愛が全てに関与し続けています。気づいているかに関わらず)。
    大病回復・危機危険回避・恋愛結婚成就・お仕事継続など様々な作用が期待出来ます。
    精神的次元を上昇させることでこれらの問題を問題ともしなくなる高次元の意識で対処可能とします。ただしそれは無意識的に押し上げられるエネルギー作用のため、時間がある程度経過した後に、自身が無事に過ごせていたこと、壁を乗り越えていたことに気づく。ということがよくある事例です。自覚出来ている人もいます。それは魂としての経験の差、自覚しやすい周囲の助け、環境の違いもあります。
    お金は掛けず(何事も工夫すればお金はかかりません)、万人が無理もせず続けられる、人それぞれに異なる必要な「色」を身に着ける簡単な方法です。当技術でいう色は、天然、人工を問いません。両者は完全に等価です。高価な素材でなくとも良いのです。例え経済的に困窮していても皆平等に救済されうるというこの世界の本質が根底にあります。人工も広義には自然が生み出したものであります。(全ての人工的行いを善しと拡大解釈するような考えではありません)。(五行は食べ物など様々なモノへ分類・エネルギー転換をできるものですが、その中でも色は肉体次元的に副作用が少ないがために、活用している次第です。)色の作用については、一般化もしつつある色彩学的な心理的効果も興味深くあり、実際にその作用も同時に起きてくるともいえます。しかし当技術はそれではない、形而上世界での作用、且つ形而上世界においての個性に合わせて影響を及ぼそうとするところに違いがあります。(もっとも心理学も形而上領域を扱うようにすでになっているため、その境界線はあってないようなものともいえます。)究極的な視点においてはどちらも通ずるところがあるとおもえております。現象世界を生み出し続けている精神世界的・形而上的エネルギーの流れがより不自然から自然に近づくために様々な場面でよりエレガントな身のこなし・対処を無意識的に出来てくる、本来の個性を開花させ、運を引き寄せるなどの作用が生じるようになります。これはご本人が心理的(顕在意識的)に望んでいなくともそういう展開がおきてくる。ということでもあります。一般的に言われている引き寄せの法則や類は友を呼ぶなどということでもなく、似たものが引き寄せられてくる論理ではなく、自身の運は自らの意識で生み出していけるものであり、高次元においても低次元と触れることは可能なのであり、例え低次元の中に居ても周囲に一見ガラクタのようにみえるものに囲まれていたとしても、見方によっては大袈裟ながらも宝の山に囲まれているともいえるのであり、それらを無理なく活用してみることにより、誰でもその気になれば這い上がれる、立ち上がれる、もう一度やり直すことが出来る、僅かな工夫で実現に向かう可能性が生まれてくる、次元の高低はそもそもあって無いともいえる、何故ならばその次元を自由に行き来するのはいつも自らの意識であるからです。次元すら自らが生ぜしめるともいえてくるのです。それは気づきの度合いに寄るともいえます。私達は生じられた存在のようであり、またその逆に自ら生じてきている存在でもあり、どのようにもとらえることが出来るのです。そして運と一言にいっても、高次元意識においての運、低次元意識(肉体を含む)においての運、私達はある程度のそれらの複数階層の次元間を同時に存在しているともいえます。比較的低次元の領域においては、ふとした不注意により己を見失ってしまう隙をも周囲に与えてしまう余裕も持ち合わせていたりするものです。低次元領域の世界においては様々な制約制限とともにあるがゆえに起こりえることでもありますが、特にその領域でのエネルギーの不足や乱れを調整するという意義があります。
    経験上、2ヶ月~3ヶ月前後は出来れば毎日(洗濯・交換しながら)、継続して着用して頂きたいとおもいます。その後も効果を実感出来ましたら継続頂ければ尚望ましいです。身体に馴染んだ後、運が開けてきて安心してしまい着用をパッタリやめますと1~2ヶ月で元の運に戻ることが多いようです。
    当技術は、先天的に元々部分的に高次元状態の方もいらっしゃるため、全ての方に変化があるものではありません。
    俗世間で生きる上で、先天的な運を分野に分けて考えた場合、その分野ごとの運の強逆に個人差があり、弱く壊れやすい運がある場合に補強させる手法のひとつです。
    物事の節目で壊れてしまう・体調を壊してしまう・結果が出ない、調子の悪い季節がある、恋人が出来ない、才能があると言われながら発揮出来ていない等、長年お悩みの方はご相談ください。例えば、アスリート・武道家・登山家・職人・技術者・芸術家などの方々は、より高い次元で落ち着きを保ちながら活動可能となります。
    この世の全てはミクロ・マクロともに回転運動・循環運動をしています。次元が高まるとは、意識の回転力が速くなるということです。(とにかく流れる意識。拘らない意識ともいえます。更にいえば、拘り・拘らない、どちらでも良い。という意識ともいえます)。周波数が高くなるということです。すると同じ時間を歩みながらも、ゆとりが生まれてきます。洞察力が高まり、深まります。不可能と考えていたことが案外と可能に思えてくるものです。運勢という言葉は、運を流すということでもあります。回転が速まるということは流れやすくなる、調節しやすくなる、柔軟になるということでもあります。内面的には高回転していながらも、低回転の世界で活動すべく調節するには高周波を分周する電波・電子回路の世界での理論と同じです。回転が速い世界とはミクロの世界でもあります。肉眼では見えない世界と自身が同調してくる。ということでもあります。当然ながらミクロとマクロは同時に存在しています。遥か彼方の星々を眺めるには細かな光を集める必要があります。(天体望遠鏡は屈折式・反射式ともに微かな光を集めて像を作ります)。やはりミクロの技術がマクロを眺めることにも繋がります。(瞑想においても己の内に広大な宇宙への扉があるのです)。そして動作としては、テンポを遅く(周波数としてはあえて低く)、息を長く、ゆっくりと動作することで、高次元(高周波)と低次元(低周波)のハーモニーが生まれてきます。ひらめき(=現実世界でどうすべきか)はその状態で起こりえる。ともいえます。音楽を聴いていて心地よく感じるのもハーモニー効果の一種といえます。対人関係において、苦手な人との関わりの中で辛抱強くありのままを眺めていると案外と貴重なひらめきに恵まれる場合もあるものです。これもハーモニー(調和)といえます。広大な宇宙空間、無限の時間、何重もの次元的階層、一個人の視点からそれらを探求研究し始めるとおそらく解明には至らず謎は深まるばかりですが、その真相はさておき、これらの永遠無限概念をも含めて、それらを自由に往来可能となるには、逆説的になりますが、様々な知識や固定観念を一旦全て開放し、あらゆる真理や哲学や理論などに惑わされることもなく、得体の知れないメッセージや情報を鵜呑みにすることもなく、解らないことを頭を捻り解ろうとすることでもなく、もはやハートで感じようとすることでもない程に、何をしようとすることもなく、孤独を何ら恐れることもなく、極めて静寂しきった状態において、そこに自然と生じているであろう、調和的な意識・意志が必要ともいえます。調和、ハーモニーを体現するには努力をするわけでもない諦めでもない一切をゼロの状態においたところでのゼロという概念でもない、意識的な飛躍(意識の爆発力・決心)が必要です。それは自発的・偶発的に起こるともいえます。異次元融合、異世界の分かち合い。陰陽合一。なんでも良いのですが全てが解決成就しているかごとく、そこには恐怖など、もはや皆無です。ごく一般的な生活に意識を戻せば、また肉体次元において心は揺れ動き、心配や不安な状況に遭遇していき、当たり前のように浮き沈みの波を体験していくのですが、その波そのものに不必要に意味づけをしていない知恵が寄り添っている意識において、結局のところ、様々に生じている波とは、陰と陽(真逆にして最良のパートナー)のハーモニーでもあることに気づき、さあどうやって楽しもうかという自身の心のゆとりがあることにも気づいてくるのであります。その心のゆとりはそもそも既にあるものであり、ゆとりを自覚しつつドラマをくぐるか、自覚せずにドラマの苦楽を味わうか、どちらにしても、自身の一瞬の選択によるものです。とにもかくにも、意識の回転力が高まった高周波の領域に踏み込んだ状態においては、選択肢が増してくる中で物事を俯瞰して判断できる可能性が増してくることになります。
    当技術により、個人として開運することは可能となるとしましても、大切なことはその後、その強運をどう活かして世の中に貢献していくか、循環させていくか。ということです。それが伴わないとかえって自身や周囲を苦しめることもあること予めご理解頂きたく思っております。(要するに悪用厳禁です。全て自分に痛烈に跳ね返ってきます)。人それぞれのお役目(天命)は人の数だけ用意されており、全く異なるといえますから、自身の深いところからの良心(本質・本性)を目覚めさせることは、陰陽五行波などに頼るばかりでなく、とても重要なことでもあります。
    なお、次元が高い・低いというのはあくまで状態であり、そこに優劣の差は全くありません。次元が低い状態では不器用になりがちであり、ときに辛酸をなめたり苦悩を味わったりと、その経験も魂の成長に必要なこともあるものです。人生経験として成功・失敗のコントラストがある人には深みがあります。失敗を失敗とも捉えません。転びながらも笑顔になれるということです。そして、価値観、人生観の質も変化していき、成功・失敗でもなく生きていく意志が目覚めてきます。(これこそ真の次元上昇です)。
    次元の高低を自らの意志で自由に往来し、様々な体験を潜り、ときに苦しむ生命(同胞)を助ける。(何事も波長が合えば出会いやすくなります)ということも、ときにはあってよいこととおもえます。映画スーパーマンのストーリーのように、ある日突然超人から凡人に落ち込み、そして自らの意志(愛)で見事に復活を遂げる。ということは、私達の現実世界でも大いに参考に出来る精神なのです。トップアスリートの芸術的ともいえるパフォーマンス、その原動力となりえているスピリットの領域は肉眼にはみえないながらも、高い周波数の状態(次元)へ参入しているともいえます。みため上は微妙な違いだとしても、質的には2倍、3倍ということでもなく、とてつもなく回転力に差があるものなのです。肉体レベルではそれが現れていないだけのことです。当の本人はそれでも十分、精神においてはその次元に住まうがゆえにエクスタシー(ビジョン・自信・確信)を感じているものです。独特に、エレガントに何歩も先読み(予知)して動いている状態が継続できている人は、その人なりの次元の高め方を知っているのかもしれません。

    3. 瞑想・呼吸法 レッスン

    普段の生活・仕事をする上での自分らしさを思い出し、集中力・気力・精神力を身につけるレッスンとなります。精神が落ち着くことにより、諸々の体調改善にも繋がっているということにも後から気づくことでしょう。
    人生相談の中でご希望により行います。瞑想行は店主独自の行法、対座瞑想を取り入れます。向き不向きと個人差はあります。お互いの相性も結果に影響を及ぼします。気が合わずに全く何も起きないこともありえますこと予めご理解ください。(何か期待をする程、瞑想状態からは遠ざかります。)毎回が同じ結果を生まず新鮮なものです。
    店主独自の「静動(せいどう)呼吸法」は瞑想行の一種ともいえますが、心身ともに、ある部分でほぼ完全な静止状態を作り、他の部分は太極拳のごとくとてもゆっくりと動作を続ける。その動きに合わせてゆっくりと呼吸を続けていきます。伝授という言葉は大袈裟ともとれますが、伝える人(陽)・受け取る人(陰)。この立場を明確にしてそれになりきる。という生命間の営みは陰陽合一に至る一つの行法でもあります。双方は立場・役目の違いだけであり、両者ともに本質的な存在としての違いは何もありません。この呼吸法により、生命力を集め充足させる結果、気力がみなぎり、疲労もとれて落ち着きを増し、脳の働きも活発になり、意識がはっきりとします。若返った感覚すらあるでしょう。そしてこの状態がしばらくの間持続します。ご本人の真摯な取り組み次第でもあり、個人差はあるといえます。日常生活においてはこの呼吸法の実践により落ち着けた状態を見事に作れたならば、ご自身の抱えている大切な作業に集中して頂ければとおもいます。店内で供に実践します。静動呼吸法は、対座瞑想に入るための補助行としても効果が期待できます。
    さて、日常生活での自分自身の行動は何かの影響を受けた反射的行動なのか、それとも独自かつ自発的な創造の現れなのか、いずれも良い悪いでもなく究極的な視点からみればどちらも自身で生み出しているともいえますが、自身の今の状態を自覚する度合いにより人生の様々な場面での過ごし方・感じ方・気づきの度合いに差が生じてきます。世俗的な損得・善悪・美醜などの二元についても場合により逆転してとらえたり、意見が異なるときでも一時方向性が異なるだけで向かう終着点は同じであると思えたりと、物事の意味も時には全くという程変わってしまう、もしくは大差がなくおもえてしまう。ただしこの世界全てと自分自身でさえも常に捉えきれない程のダイナミックな変化の中にあるため、理屈を越え・技術を越えたところのなにものかと同調した次元に一瞬でも触れる必要が人生の中ではときどき必要となるときがあるものです。
    瞑想を深めていくことで自覚・視覚・ものごとの捉え方に自由度が増していきます。そして究極的には自由・制限どちらをも超越するところの自身で生み出しているということを思い出します。目覚めた度合いにより、何故自分はこの世に生まれたのか。矛盾するようですが根拠など必要もなくとも確信が自然と生じてくることもあるものです。その上で普段の日常生活に戻ってみれば、そもそもどう生きていくべきか、頭で考えることでもなく自らの意志・勇気・エネルギーが元々適切に働いていることに気づきます。ただしそれでも、今この瞬間においては誰でもが、どの次元で生きるか、意識的か無意識的に生きるのか、もしくはどちらもひっくるめてありのままに生きるのか、全ては自分で決めることではあります。(既に物理次元で生活を送っている私達においては、思い出す。という流れの方が自然です。それには超然とした静けさが必要です。ときどき完全に孤独の時間を作るのもよいでしょう)。
    生活習慣・肉体・精神・生活環境・信念・観念など様々な要素・部分を一切独立分離した存在としてではなく、全てに繋がりがあるという大前提でみつめていく中で瞑想は自然と深まっていくといえます。そして飽和する点、調和する状態に到達したとき、あらゆる感覚・現象・体験を超えた表現しようもない奇跡体験をすることがあります。いわゆるクンダリニー上昇はその入り口です。私達はそもそもどんな状態・段階であれど、本当は既に奇跡そのものであることを思い出します。そして当たり前と思っていることが奇跡そのものであることに気づきます。ならば、その当たり前、そのものをただただ見つめるだけで、どこか遠くの山奥・秘境・遺跡などへ出掛けずとも、究極的には求めるものは全て与えられる。ということでもあります。みているようで、みていない。感じきれていない。ということに気づくだけで、何を変えるわけでもないのに、物事がうまく回りだすこともあるのです。
    瞑想が進むごとに個人としての本来の独自性がにじみ出てくることに繋がり、その状態においては周囲との調和も同時にあるものです。個と全体は常にひとつのものであります。
    例え不運にも客観的にみて大怪我・大病・老化・飢餓・経済苦・逆境・絶体絶命の窮地に身をおいた状態にあるとしても、本質においては文字どおり、自身がそれらを致命的な問題と捉えていなければ、誰もそれを確定させることは出来ず、確定とはそもそも相対的な状態に過ぎません。
    一般的に時間は無情に過ぎていくものですが、自身こそ全ての観念・イデオロギー・習慣・しがらみをまず無きものとして無情に成りきり、全ての現象・幻想を見極め、実相を捉え、無理もなく極めて短いほんの一瞬だけを意識し(時間を無限という程、薄くスライスし、その一片に意識を置いたならば、そのほとんど時間が停止したかのような瞬間においては、何の努力も要らず、且つ思考も停止しているがゆえに一切の苦悩も感じないはずです。そのほんの瞬間にだけでよいので、一切の思考や想念を無にした状態で、ただあるがままの意識を文字どおり、その瞬間に置くことが出来たならば、時間とは幻想の産物であるということにも気づくはずです。そこから、その瞬間から無限の可能性が自動的に生じてきます。生命力とはそういうものです。但しその自動的に生命力が生じるともいえる状態を生み出すのは己自身の本来のクリアな意識です。そのクリアな意識状態は瞑想状態に帰ることで現れてきますし、自覚出来るようになります。)、その今から再出発する意志があれば、決して急がず、誰に言われることでもなく、自らの意志により落ち着いて行動に移していくことで不可能と思われていたことが案外とそうでも無く、必要十分なエネルギーはそもそも常にあることに気づき、歯車を自身でゆっくりと回しはじめることで、自分らしさ、物事の道理など、何度でも思い出し、新鮮さを取り戻すことが出来てきます。瞑想が深まる度合いにより、可能性は増していきます。苦難のときこそ魂は躍動しています。辛いときこそ、身近にも人知れず辛く耐えている生命もいたりするものです。(人に限定せず全ての生命です)。そのときはあなた独自の精神で心意気で手を差し伸べることしてみましょう。そんな偶然の出会いを大切にすることでその直後には意外な展開が訪れたりするものです。生命の種を超えて命の絆を感じることができればその人はとても幸いです。心を静め、周囲をよくみわたし、耳を澄ませば、案外と身近なところに生きるヒントがあるものです。ヒントとは何か特別な情報というばかりでもなく、どこかの秘境に探しにいくばかりでもなく、宇宙の彼方から得るばかりでもなく、手のとどく、すぐにみえる全ての存在が既にヒント・原動力になりえています。もっとも身近な存在が、あなたが求めていた必要としていた存在や意味に変わる、あなたを支えるエネルギーにあなたの意識ひとつで変えることが出来る、もしくは気づかぬうちに既にそうなってくれている。人生、如何なる状況・状態においても楽しめるものでもあるのです。もうダメだとおもっていても、それは全くダメでもないこともあるものです。そこから始まることもよくあるものです。何度でも勇気を奮い起こすことです。その度に魂は想い出と共に確かな年輪を刻み、成長していきます。そのときどう感じるか、如何にベストな意味を見出すか、どうするかは常に自分で決めれることなのです。そしてそのような境地においては、今までも、これからも、常に様々な存在に支えられてることにも気づくことでしょう。

    4. 起業・経営・小規模店舗開店の相談

    独立経営は日頃の行いが痛快・痛烈にそのまま結果に現れますから厳しいながらも楽しいものです。(何事も不注意や準備不足、自業自得ではあるのですが)安易に起業や開店をしますと痛い目にあうことはあります。
    店主の拙い小規模会社経営・小規模店舗開店のノウハウ・失敗経験なども含めておこがましくもアドバイスさせて頂きます。
    当店は主に店主と仲間での手作り・DIYにより開業しております。(電気工事は馴染みの方に大変お世話になりました)。少ない資本で知恵を絞り、如何にして立ち上げるか。幾許かの経験談としてお話させて頂きます。
    店主自身、現代貨幣経済社会・資本主義社会においての野心や野望というものからは程遠い位置で生きてまいりましたが、規模はどうあれども経営する立場になりますと、何かと試練と直面せざるを得ず、壁を乗り越えるごとに人生修業にも繋がり意義深いものがあるとおもえております。
    一言で経営相談といいますと、現行法の枠組みや社会の流行・情勢の中において如何にすれば利益を出しビジネス的に成功し経済的に豊かになるのか。というテーマのようですが、店主の精神としましては世の中全体としての調和・あらゆる全ての生命との共存・皆が根本的に幸福を感じれる世界を草の根一人一人が諦めることなく自ら創造する。そのような信念で経営を追求・探求することにあります。そういった精神をお持ちの方で、起業をしたい。でも果たして本当にやっていけるものだろうか。と不安が頭をもたげておられるようでしたら、是非ご来店頂けましたらとおもっております。年齢・分野など問わずお待ちしております。誰もが純粋な精神と情熱を持ち続け、着実に行動し続けることにより、必ず機が熟す段階へと突入参入し、当初自身の思い描いていた景色がみえてくることがある。そう信じております。そしてこの場をお借りして申しますと、今生かされているのは皆様のお蔭様です。感謝御礼申し上げます。ありがとうございます。

    5. コンピューターWEBプログラミング・レッスン・メンター・勉強会

    WEBプログラミングをしたい。自分でサーバー構築をしたい。WEBアプリを公開したい。定職に就きたい。上達したい。独立したい。営業的立場において提案出来るようになりたい。等々。
    プログラミング歴31年(主な生業として24年。2018年9月現在。)でもある店主が親身に初歩から段階を踏んでスキルアップのお供をいたします。
    コツが掴めない方や独学で行き詰った方、現役プログラマーの方でもお気軽にどうぞ。
    店主自身、近頃はLaravelやその周辺技術の研鑽を続けております。(写真の占術アプリもLaravelで構築済、セキュリティ対策も万全です。)
    ※ノートPCご持参出来る方限定ですが実際に店内で体験しながら進められます。店内LAN接続でインターネットに接続出来ます。
    ※進化の早い世界でもありますから、講義資料などはご用意しておりません。その都度、柔軟にテーマと教材となりうる資料をみつけながら進めさせて頂きます。
    ※入門レベルでは日本語で投稿された情報や書籍のみでも十分理解出来るはずです。但し突き詰めるほど、英語力も必要になってくるものです。一概に言えませんが情報の源泉が英語圏に集中しているからです。テクノロジー分野の英文を読解し、情報を漏れなく吸収していければ、それが上達の近道でもあります。(ちなみに店主自身英語力はさほどありません。それでもコツはあります。)
    ※なお、WEBサイトのシステム開発を依頼したい。ということでしたら運営会社までご相談くださいませ。(開発のご依頼は法人様限定です)。

    6. ぼんやりと過ごす時間作っていますか? 往年のレトロPCサークル (1987年頃~1995年頃の思い出と共に)


    日頃頑張り過ぎている方へ。 脳を休める時間 大切ですよ。

    PC-8801FA、X1turbo、X1twin、X68000PRO、FM-TOWNSⅡMA、PC-9801NA/C、Macintosh Plus、FS-A1(MSX2)
    店内に所狭しと設置してあります。(FM77AV=配置場所検討中)。ご自慢の作品(自作のゲーム・ツール・DTM作曲等)を手に時々遊びに来てください。趣味を共有したほとんど雑談の時間です。
    店主若かりし頃(1994年4月~1998年12月頃)、パソコンゲーム会社で一介のプログラマーとして勤務していた時代もございます。
    ※著作権保護の観点から市販ソフトウェアの動作・遊戯は致しておりません。
    ☆開発メンバー募集=グラフィッカー(主にドッター)、コンポーザー(BGM・効果音)、プログラマー(Z80・6809・8086・68000・65186いずれかのマシン語)としてご協力頂ける経験者の方(ボランティア)、募集いたします。年齢住所不問です。レトロPC上での作品を供に開発致します。生業をしっかりお持ちの方で、その合間に楽しみながら少しづつ創作作業を頂ける方。

    7. yochi厳選の良い品を販売

    ・店内にて護身インナーウェア(サイズM・L・LL)をご試着出来ます。

    ・ストーンアクセサリーも置いてます。
    ※人生相談・占いのお客様へ店員側から商品をお勧めすることはございません。

    8. ご不要なもの買取

    以下品目につきまして、私生活サポートの一貫としまして、買取も行っております。
    <取り扱い品目>

    a.レトロPC関係(PC本体・ゲーム機本体・ゲームソフト・PC周辺機器・専門書籍・専門雑誌など。)
    ※1995年以前当時に流通していたものとさせて頂きます。

    b.古書(占い・哲学書・医学書)
    まずは店舗メールへ、1)お品物の写真添付 2)内容ご説明 3)ご希望額 と共にお問い合わせください。

    買取可否など返信いたします。(店主直通メールは行わないでください)
    お取引は相当な値打ち・需要有りと当店にて独自に判断させて頂いたものに限らせて頂きます。
    ※配送料はお客様ご負担とさせて頂きます。
     ご近所にお住まいでしたらお問い合わせ後に当店へご来店頂いた方が良いかもしれません。
    ※お品物ご持参で当店ご来店頂ける際は事前にご予約をお願いいたします。
    (千葉県公安委員会 古物商 第441050002346号 届出済)

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